監視人としての職務についてから二日目。
初日と同様、マザーは僕に構うことなく、先行して巡回に出た。この日も一日中、彼に振り回され、苦い思いをしながら岐路についた。
そして、その夜のこと――
報告書を提出し終えた僕は、倉庫に引き篭る彼、ビリーと『対マザー作戦会議』を実施した。理由までは聞いていないが、彼は倉庫に居住しているのだと、室長であるリサが言っていた。
マイクとスピーカー越しに意見を応酬する。最初は違和感があったが、それも徐々に薄れていった。
「作業速度に関しては、すぐにどうこうは無理です。でも、先回りしていくことは可能かなと」
「というと?」
間を置いた僕に、彼は催促するように話の続きを促した。
ホログラムモニターを展開しながら僕は提案を続けた。
「車両通行が可能なルートを、交通状況含めてナビしてもらえますか? あとは僕が手動運転〈ダイレクト・モード〉で違反にならない範囲で飛ばします」
スピーカーの向こうで、戸惑いが滲んだような声がした。けれど、ビリーは即座に反応を返した。
「君は存外したたかだな。もっと大人しいタイプだと思ってた」
「弱気じゃ下町では、仕事が取れませんから」
そう言って、笑って返す。
実際、他人を押しのけるぐらい強気でなくては簡単に弾かれてしまう。僕は早くから働きに出ていたぶん、揉まれて鍛えられた。根性も体力もそれなりに自信がある。
「先輩こそ、人に関わらないタイプなのかと」
こちらも、意外に思ったことを返してみる。
顔を見せるのも精いっぱい、といった印象だった彼が、協力すると言った時は耳を疑った。
室長曰く、後輩である僕を快く思っている――という話だったが。
「昨日は情けない姿を見せて悪かった。人が嫌いってわけじゃないんだ。ただ、目を合わせると……ちょっとな」
その言葉の歯切れの悪さに、バツが悪そうにしている彼の姿が目に浮かんだ。
僕の提案を受け入れたビリーは、すぐさま希望のルートをピックアップした。
転送されてきたマップ情報を見ると、僕の車両に合わせた道幅が的確に選ばれていた。ルートの脇には、制限速度や時刻別の交通量などの注意点が小さく添えられていて、彼の仕事の丁寧さが見て取れた。
「これで、いけそうか?」
「十分です!すごくわかりやすい……!」
「なら、よかった」彼は小さく安堵の息を吐いた。
僕は、明日のスケジュールとルートを照らし合わすように、モニターを眺めていた。すると、少しの沈黙の後。
「……作業効率なら、ヘレンに相談するといい」
「ヘレンさん、ですか?」
脳裏に先日の、異様なテンションを見せる彼女の姿が浮かび上がる。
「ああ、彼女の得意分野はハッキングとデバッグだ。多分、君が求めてる技術に近いだろう」
納得はした。だが――果たして彼女から、まともにアドバイスを受けることができるのだろうかと、一抹の不安がよぎる。
「……もしかして、もう何かされたか……?」
沈黙した僕に何かを察したのか、彼は恐る恐るといった雰囲気で問いかけてきた。
僕はそれに、全力で否定を述べた。
「――というか、“何かされる”って、いったい何を?」
「ま、まあ……悪いやつではないから。……多分」
あまりにも自信のない、その弱々しい声に不安は募っていく。
かくして、僕は――彼らの協力を得て、マザー攻略の一歩を踏み出したのだった。
