#006: Fault Line

Novel1

 六都市は、地下の連絡通路で繋がれていた。だが、現在はすべて封鎖されている。
 エリウズの北には〈ノーア〉という都市がある。エリウズに比べて文明レベルは低く、貧富の差も激しい。
 通路は閉ざされていても、隣接都市のセントラル同士では、多少の情報交換が行われている――はずだった。だが、ノーアからの連絡は途絶えて久しい。

  目的地へ向かう道中、マザーはユアンに知識を共有していた。
「そのノーアのマザーが、君に連絡をして来たってこと? なんでまた……」
「さあね。でも、穏やかな理由じゃないことは分かる」
 あの通信帯の障害も、“彼女”の仕業だという。
「……ノーアのマザーって、女性なの?」
「過去の記録から変わってなければ、そうだと思うよ。文面も、女性的だったしね」
 なるほど、とユアンは納得しながらメッセージの内容を思い返す。
「それにしても、まるで脅迫状みたいだった……何を考えてるんだろう」
「行けば分かるさ」
 ユアンの不安をよそに、マザーはあっさりと言い放つ。
「目的を聞き出したら、拘束して。上層部に引き渡す」
 その声から、ユアンは静かな怒りを感じ取った。
 
 やがて、マザーの指定した場所に到着し、二人は車を降りた。
 そこはアップタウンの中でも人通りの少ない路地。突き当たりまで進むと――
「……エレベーター?」
 金属の壁に埋め込まれるように扉があった。建物自体は低く、その昇降機が地下へ向かうものであることは、すぐに察しがつく。
「エリウズの各地には、大昔――都市建設に際に使われた昇降機が、いくつか残ってるんだ。これは、そのひとつ」
セントラル・エリウズの地下にも同じものがあるが、彼女の条件――“誰にも言わない”を守るには、外部の設備を使うしかない。と、マザーは説明した。
 二人はエレベーターに乗り込み、地中深くへと降りていった。

 エレベーターに窓はない。外は見えないが、沈んでいく時間の長さが深さを物語っていた。
 街中で耳にする電子的な音ではない、ベルをはじいたような金属音が鳴り、扉が開く。
 狭いエレベーターホールを右に抜けると、二つのレールが敷かれた通路が真っすぐのびていた。
 「少し、急ごうか」
 その言葉に、ユアンは時刻を確認する。
 「まだ時間には余裕がありそうだけど?」
 「問題はそっちじゃない。僕らは今、勝手な行動を取ってるんだよ」
 通信障害の直後にマザーが連絡もなく行方不明となれば、特務室の仲間は心配し、セントラルが動き出しかねない。
 「わかった、急ごう」
 ユアンは頷き、マザーと共に長く続く一本道を駆け出した。
 しばらく走ると、人の手では到底開けそうにない、大きな鉄の扉が立ちはだかっていた。
 足を止めたユアンは、乱れた呼吸を整えた。
 「この先?」
 「ああ、ここはエリウズとノーアを繋ぐ連結区画――小部屋になってるはずだ」
 そう言うと、マザーは扉横の壁に埋め込まれた操作盤に手を添える。
 「ユアン、こっちに。開くから、注意して」
 ユアンはすぐに駆け寄ると、無言でうなずいた。
 シャッター状の扉が轟音を響かせながら、ゆっくりと上へと持ち上がっていく。
 そして、遮るものがなくなると、二人は開け放たれた場所を注視する。だが、何かが現れる気配はない。
 マザーがユアンに目配せする。頷いたユアンは、慎重に部屋の中を覗き込んだ。
 ぼんやりとランプの明かりが落ちている。その奥にひとりの少女が立っていた。更に視線を動かすと、部屋の壁に背中を預け、座りこむ男の姿が見えた。

 「なにをしているの?早くこっちへ来て」
 不意に少女が口を開いた。
 ユアンの指示を仰ぐような視線に、マザーは頷き先行して部屋へと入っていく。ユアンもそれに続いた。
 「こんなところに呼び出して、どういうつもりだい?」
 マザーは堂々とした態度で少女を見下ろし、その目的を問う。
 一方ユアンは、彼らの会話に耳を傾けながら、座ったまま動かない男を警戒した。
 「その様子だと、まだ知らないみたいね」
 「何のことだい?」 
 彼女の意味深な発言に、マザーは苛立ちを覚えるが、何とか理性を保つ。
 「ノーアは崩壊したわ。生き残ったのは私と、監視人の彼だけ」
 その言葉に、ユアンは目を見開き少女を見た。マザーは微動だにしない。だが、その瞳にはかすかに動揺の揺らぎがある。
 少女は続けた。
 「私たちは逃げてきたの。目的は一つ――私たちを助けてほしい」
 マザーはひとつ間を置き、ゆっくりと言葉を返す。
 「……目的は理解した。でも、どうしてこんなまどろっこしいことをする?助けてほしいなら、セントラルに掛け合うのが筋だろう?あんな脅しめいたことまでして……君の言動は不可解だ」
 「ええ、全くその通りね」
 少女は熱のない声で応えた。その抑揚のない声音は、どこか不気味に感じる。
 「グダグダと、めんどくせえ……さっさと話を進めろ」
 不意に、低く気だるい声が、割り込んできた。
 ユアンが二人の問答に気を取られているうちに、先ほどまで座っていた男が、すぐそばまで近づいていた。
 すかさずユアンは彼とマザーの間に入る。男はそれを冷ややかな目で一瞥した。
 「脅しまでしたんだ、いまさらビビんなよ」
 「ジル……」
 初めて感情をにじませた少女に構わず、男は続けた。
 「俺がノーアを崩壊させた。外壁を爆破して、外からあふれた機械共と毒にやられて、俺以外の人間は全員死んだ」
 淡々と語られた耳を疑う告白に、マザーは言葉を失った。こともあろうに、監視人が都市を崩壊させた? それも、マザーを伴って? 理解の範囲を超えた話に思考処理が遅延する。すると、普段は温厚なユアンが突然、声を荒げた。
 「なんで……!どうして、そんなこと!人が大勢死んだんだぞ!」
 その手は小刻みに震えている。
 マザーと監視人は、都市を守る立場なのに――!
 怒り、悲しみ、様々な感情がユアンの中で渦巻いていく。
 その様子を、虚ろな目で見ていた男は突然ユアンの胸倉をつかみ――
 「なんで、こんなことをしたのか……?」
 力を込めて引き寄せる。
 「“俺たち”が、何をされてきたか……テメエにも教えてやろうか?」
 男の夕焼けのような赤い目がユアンを射抜く。憎悪を煮詰めた、どす黒い感情――だが、それだけではない。その混沌とした瞳の奥に悲しみが浮かんでいるのを、ユアンは感じとっていた。
 「ジル、だめよ!」
 張り詰めた空気を、ディアの鈴のような声が制する。
 男は、ふんと鼻を鳴らしユアンから手を離した。
 「……冗談だ」
 そして、彼らはユアン達から少し距離を取り、密談を始めた。
 呆気に取られていたユアンの方にマザーの手が触れる。
 「ユアン、大丈夫かい?」
 彼は心配した表情でユアンに声を掛けた、離れた彼らを横目で見るとマザーの目つきは鋭く一変する。
 「上層部に通報しよう。彼らは危険だ」
 当然の判断だった。彼らのしたこと、言動は到底看過できない。けれど――彼らの話には違和感があった。このまま切り捨ててしまえば、大事な何かを取りこぼしてしまう。そんな気がした――。
 「……ちょっとまって、マザー。僕に考えがある」
 引き留めるユアンの声に、マザーは振り返る。
 真っ直ぐに見つめてきた彼の蒼い瞳には、迷いのない光が差していた。