#016: Run -1

Novel1

 避難を終えた街中に市民の姿はなく、ユアンの目に見慣れない機械たちの姿が飛び込んでくる。それらは破壊行動をするでもなく、無人になった街を物色するように動き回っていた。
「あれが、オートマトンだよ」
 車窓の外を見ながらシオンは言った。運転に集中しつつ外に目を向け、ユアンは息を呑む。
 保安局の制服を着た人たちが、銃や鉄の棒を持ってオートマトンに対抗しているのが見えてくる。
 やがて、道路上にも機械が現れだした。
「マザー、しっかり掴まって!」
 点在するオートマトンを、ユアンは巧みなハンドル操作で躱していく。だが、次第に数が多くなり、避けきれない――
「このまま突っ切る。衝撃に備えて!」
 ドン、と鈍い衝撃。続いて、金属のひしゃげる悲鳴のような音が響いた。
 ユアンが運転する車のボンネットは、前方のオートマトンを勢いよく跳ね飛ばす。
 ひびの入ったフロントガラスも気に留めず、ユアンはアクセルを踏み続けた。
 
 
 ダウンタウンの商業施設に併設されたシェルター内部に、市民達は避難していた。
 頑丈なシャッターが閉じた入り口近くで、ディアは祈りを捧げるように胸元で両手を握りしめている。
「ディアちゃん、きっと大丈夫よ」
 その両肩に、アニーはそっと手を添えた。

 小一時間前。
 都市内に緊急案内が響き渡り、ダウンタウンの町が騒然とした。マシューの案内で、市民達と共にディアとジルもシェルターへ移動していた。
 内部は人々でごった返し、奥へ詰めるようにと声が飛ぶ。
 やがて、鉄の扉が音を立て、入り口をふさごうとしたその時――
「待って!子供がまだ外にいるの!」
 叫びが、空気を引き裂くように響いた。
 避難途中ではぐれた子供の姿が見えないようだ。
 一度閉じれば、安全が確認されるまで開かない。それがこのシャッターのルールだった。
 母親は必死に訴えるが、重たい鉄の扉は無情にも下りていく。
 そんな様子を静観していたジルが、不意に入り口の外へと飛び出した。
「ジル!?」
「俺が探しに行く。お前はここにいろ」
「何を言ってるの!?」
 じわじわとシャッターは下がっていく、今にもジルに続いて外へ出ようとするディアをアニーとマシューが抑える。
「……俺には、こんなことぐらいでしか償えない」
「――っ!」
 扉が閉まり切る前に、ジルはその場から駆け出した。
「ジル――!!」
 やがて入り口は完全にふさがれ、ディアの叫びはジルから聞こえなくなった。

 それから数十分。
 取り残されているであろう子供を探しながら、ジルはダウンタウン中を駆けずり回った。 
 エリウズに来る以前より、体力が落ちていることを痛感する。
「くそっ――どこだ……!」
 息を切らせ、額には汗がにじむ。まだ完全に癒えてはいない腹部がじわじわと痛み出す。
 しばらくすると、視界の端に鉄の塊が蠢くのが見えた。――オートマトンだ。
 あらかじめ、目について拾って来た鉄パイプを構えながら様子を見る。
 こちらから仕掛けはしない、無駄な労力を消費するだけだ。そうして、その場をそっとやり過ごす。
 すると、不自然なほど一か所にオートマトンが集まっているのが見えた。
 目を凝らすと、機械に囲まれるようにして中央に蹲る幼い少年の姿があった。
「……いやがった」
 ジルはわざと音を立てるように、鉄パイプを地面に擦りつけながら接近すると、オートマトンが彼の存在に気づいた。
 赤いランプの目玉が彼を捉える。
「そら、こっちだ……!」
 握りしめた鉄の棒で殴り飛ばす様に、手近な機械の関節めがけて重い一撃を喰らわせた。
 鉄と鉄がぶつかる衝撃に、ジルの腕がびりびりと痺れる。鉄パイプを落とさないよう力を入れ、周りのオートマトンにも同様に攻撃していく。
 ――赤いランプは目のように見えるけど、ただのフェイク。これを狙っても彼らの視界を壊すことにはならない。オートマトンの急所は関節部分よ。
 かつてディアに教わった弱点に従い、ジルは鉄の棒を敵の関節に叩きつけていく。
 オートマトンは軸を砕かれ、次々と地に崩れ落ちた。
 やがて周囲の機械が片付くと、ジルは肩で息をしながら蹲っていた子供に駆け寄った。
「……怪我はねえか?」
 子供は恐怖で声が出ないのか、ただ震えたまま何度も頷く。
 ジルも彼の無傷を自身の目で確かめると、小さく安堵の息を吐いた。
「……なら、さっさと逃げて――チッ」
 ――そのわずかの間に、無数のオートマトンが再び二人を取り囲んでいた。
 額から玉のような汗が落ちていく。鉄を叩き続けた両腕が痛みに震える。腹部の傷跡の奥が熱い。けれど、投げ出すわけにはいかない。
 ジルは子供を茂みの中に潜り込ませると「絶対に出てくるな」と、凄むように言い聞かせた。
 そして、再び鉄パイプを震える両手で固く握りなおし、間合いを保ちつつ迫るオートマトンを睨みつけた。

 ユアンたちと別れたビリーは、ダウンタウンの町に入っていた。
 既に町の至る所にオートマトンの姿が確認でき、ビリーはバイクを下り、銃を構えて臨戦態勢でジルを捜し歩いていた。
 ビリーが構えている銃は、セントラル・エリウズが秘密裏に開発した対オートマトン用の兵器――ビリーが監視人を志していた頃に取扱免許を取った銃だった。不要な資格だとビリーは思っていたが、この非常事態を受けて使用許可が出された。
 進行方向を塞ぐオートマトンに、ビリーは正確に弾を撃ち込む。決して静かとは言えないその銃声は、乱発すれば周囲の敵を引き寄せかねない。必要な時にだけ、慎重に、確実に仕留めていく。
 ――どこだ。シェルターの位置から考えれば、この付近のはずだが……。
 ビリーは身を潜めながら、辺りをくまなく探していく。――すると、金属のぶつかる音が耳を劈いた。
「――っ」
 その音のするほうへ駆けだすと、視線の先にオートマトンに取り囲まれたジルの姿を見つけた。
「ジル……!」
 彼がまだ無事だったことに安堵するも、状況は尚も逼迫していた。鉄の棒を振り回すジルの息は乱れ、足元は酷くふらついている。
 まだ数十メートル距離のある位置からビリーは銃を構えた。 ショットガン型のこの銃は、機械を相手にするため弾丸はやや大きく威力が強い。そのため、人を害さないよう、生体IDに反応してトリガーがロックされる仕組みになっている。
 間違ってもIDを持たないジルに被弾しないよう、少し離れたオートマトンに狙いを定めトリガーを引く――
 ガンッと重い金属音を響かせ、その一体が地に伏した。銃撃に気づいた一部の機械達がビリーに標的を変え、一斉に駆け出した。
「よし、来い……!」
 近づいてくる機械を一体ずつ、確実に撃ち抜いていく。だが、未だ十体近くのオートマトンがジルに迫っている。
 ――だめだ、数が多すぎる……!
 不意に、カランと鉄の転がる音がした。ジルの手から鉄パイプが零れ落ちたのだ。
 両腕では力なく重力を受け入れ、死を待つように項垂れていた。
「ジル――!!」
 ビリーが叫んだ瞬間、時が止まった――かのように見えた。
 ジルを取り囲むオートマトンが動きを止めた。赤いランプは光を失い、静まり返っている。
「……っ!マザーが、やったのか……!」
 停止命令プログラムが作動したのだと確信した。ビリーはほっと一息ついて、ジルの元に駆け寄ろうとする。――が、彼の向こうに鉄の塊が揺れるのが、かすかに見えた。
 
 
 ユアン達がセントラルにたどり着いた頃。
 彼らを乗せた車は無数のオートマトンを轢き倒し、無残な姿になっていた。
「し、死ぬかと思った……マザー、着いたよ」
「うん、こっちもようやくプログラムの実行が完了した。対象IDは停止したはずだよ」
 シオンのその報告に、ユアンは胸をなでおろした。だが、シオンの話はそれで終わりではなかった。
「……対象IDは、ね。途中、窓の外を見ていたけど、明らかにタイプの違うオートマトンがいた。あれらは多分、止まってない」