医療センターでの療養期間を終えたユアンの退院に合わせ、メンテナンスを明けたシオンは職務を再開した。休んでいた間に溜まりに溜まったタスクを見て気が遠くなる。だが、左腕の使えないユアンに無理はさせまいと、シオンは彼の見守る中、優先度の順にひとつずつ巡回をこなしていった。更に二週間が経ち、ユアンの左腕を固定していたギプスが外された。それからしばらくのリハビリを経て、以前と同じように動かせるようになった。
退院後ギプスで固められていた間の巡回中はシオンに気を遣われ、ユアンは文字通り見ているだけしかできなかった。それがようやく解放され、喜び勇んだユアンは以前にもまして、やる気に満ち溢れていた。
「……でも、まだ結構詰まってるね」
ビリーが組んだ当面のスケジュールを見ながらユアンは言った。
「明日からは君にもしっかり働いてもらうし、問題ないよ」
涼しい顔をして返すシオンに、ユアンは「まかせて」と笑って答える。
以前と同じ日常が、戻ってきた。――とはいえ、すべてが元通りというわけではない。
ユアンたちの周囲ではある変化が起きていた。
セントラル・エリウズのとある一室。
長方形のテーブルを囲み、局長のキースと八人の諮問官、そしてディアとジルが席に着いていた。壁際には、黙って様子を見守るリサの姿がある。
オートマトン襲撃騒動の後、ジルは医療センターで適切な治療を受け、やがて腹部と喉の損傷は完治した。
その後、ディアと共にセントラル・エリウズに移送され、上層部の尋問を受けることになったのだ。
「それでは、始めようか。マザー・ディア――」
「その前に」
局長のキースの言葉を遮るように、ディアが口を開いた。
「ジルを退出させてもらえないかしら。今朝から体調を崩しているの。それに、彼に尋問したとしても、ノーア崩壊前後の記憶が曖昧でまともな証言は取れないわ」
このままここに留めるというなら吐瀉物をここでぶちまけることになると、ディアは表情一つ変えず脅しのように言い放った。
「……リサ室長、彼を特務室に案内するんだ」
ディアの申し出を受け入れたキースに、諮問官の一人が待ったをかけるが、「真実を聞き出すなら、嘘のつけないマザーひとりで十分だ」とキースは簡潔に返した。
リサに促され、ジルはその場に立ち上がるが、ディアを見つめたその瞳はかすかに不安に揺れている。
「大丈夫よ、ジル。行って」
ディアの声に背中を押されるように、ジルはリサに連れられて部屋を出た。
「……それで、何から話せばいいのかしら?」
ノーアが崩壊するに至った要因から、エリウズへ逃げ延びてきたディアとジルの思惑――諮問官たちは次々に彼女に疑問を投げかけ、ディアはそれに嘘偽りなく答えていった。その間、ジルにはエリウズに対して害する意思はないとディアは何度も繰り返した。
一通りの尋問が終わると、彼女らの危険性、エリウズにとっての利害について話し合いが行われる。
やがて、一つの判断がなされた。
「ディア、そしてジル。両名の処遇は保留とする」
ノーアの崩壊はオートマトンによるものであること、そしてシオンへの命令プログラムの譲渡が、結果的にエリウズを救うことになったことが判断の材料となった。ただ、彼らの背景を鑑みても未遂とはいえその思想に問題ありとして、無期限の監視対象とすることで話はまとまった。
「何か申し立ては?」
キースが問うと、ディアは静かに首を横に振った。
「いいえ、寛大な配慮に感謝するわ」
「監視の任は特務室に預けよう。既に世話を焼いている者がいるようだしね」
諮問官たちは異論無しとして、席を立つと一人また一人とこの場を去って行った。
「……愛想のない連中で申し訳ないね。皆、都市のことで頭がいっぱいなんだ」
取り残されたディアに、先ほどまでの張り詰めた雰囲気が一転、キースはそっと柔らかく語り掛けた。
「実は、尋問前に彼を連れ出したリサから内々に頼まれてね。彼らに害はない、寛大な措置をと……」
リサがユアンの直属の上司であることも補足した。
「しばらくは、窮屈な思いをするかもしれないが……」
申し訳なさげな顔をするキースに、現状に不満はない、むしろ感謝しているとディアは繰り返すように言った。
「話は終わりかしら?ジルのところに行きたいのだけれど」
「ああ、呼び止めてすまない。特務室へ案内しよう」
こうしてディアたちは、特務室に預けられることになった。
また、彼女らを匿ったユアンの処遇については、過日のオートマトン襲撃事件での功績により免除とされた。
特務室のオフィスへとリサに案内されたジルは、応接用のソファに腰かけていた。
その脇で、ジルの様子を覗こうとするヘレンを、フードを目深にかぶったビリーが仁王立ちで遮っている。
「ちょっと先輩、邪魔なんですけど~」
「うるさい。お前は接触不可だ」
すぐ横でそんな小競り合いが繰り広げられる中、当のジルは眠っているのか静かに瞳を閉じ、柔らかなクッションに身を沈めている。
その様子を、リサがため息交じりに眺めていると、不意に扉が開き、入ってくる人の気配を感じた。
「局長!」
「ずいぶんと、賑やかだな」
キースがディアを連れて、オフィス入り口の短い階段を下りてきた。
それに気づいたビリーとヘレンはぴたりとその口を閉じ、彼のほうを向いて姿勢を正した。
「二人の処遇は決まったのですか?」
リサが尋問の結果を問うと、キースはその内容を特務室の面々に簡潔に話した。
その間に、ディアはソファで座っているジルの横へと音もなく移動し、彼の左腕にぴたりと寄り添った。
当面の間、二人の行動範囲はセントラル館内に制限し、外出時は特務室で監視を行うこと。
そして、ディアにはマザーとしての機能を活かし、協力を仰ぐことになると述べた。また、二人の居住スペースとして、現在は使用されていないマザーと監視人の旧プライベートルームを提供することも付け加えた。
「かなり、彼女達に寄り添う形になりましたね」
「彼女の証言と――なにより、先の騒動解決に貢献したという事実が大きい」
監視期間は無期限とされたが、二人の様子を見て諮問官たちのほとぼりが冷めれば解除するとキースは話した。
「あとの采配は、君に任せる」
キースはリサの肩を軽く叩くと、足早にオフィスを後にした。
彼の気配がなくなったことを確認すると、リサは「さて」と口を開いた。
「では、ビリー。二人の紹介をお願いできますか?」
「……えっ……は?」
唐突に振られた役目に、ビリーはあからさまに狼狽える。
「私もヘレンも、今日が初対面ですから」
それもそうだと、ビリーは仕方なくリサの言葉に従う。正直ヘレンには紹介したくない思いが強かったが……。
「……彼女は、ディア――ノーアのマザーだ。で、彼はジル――ディアの監視人だ」
詳細は省き、ビリーは既に知れ渡っている名前と立場を改めて述べた。
「よろしく」
ジルの傍らに寄り添いながら、ビリー達の様子を覗っていたディアが短く言った。
それにヘレンがすぐさま応える。
「あたしはヘレン。こちらこそ、よろしくね~。困ったことがあったらなんでも言って」
今にも飛びつきそうに前のめりになるヘレンをビリーが抑え込んだ。
その間に、リサも改めて紹介に応じ、更に次の行動を提案する。
「じきに、マザーとユアンも帰還します。それまで待ちますか?それとも、先にあなた方の部屋へ案内しますか?」
「そうね、先に部屋で休ませてもらおうかしら。シオンとは明日のメンテナンスで顔を合わせるでしょうし」
「シオン?」
ディアの言葉にヘレンが反応した。ディアは即座にその反応に答えを返した。
「貴方達のマザーのことよ、シオンと呼ばせてもらっているわ」
「へええ、いいねぇそれ。あたしもシオン君って呼んじゃおうかな」
「いいんじゃない?」とディアは応えた。
こうしてシオン本人の意向はそっちのけで、ディア発案の呼び名は浸透していく。
和気藹々とする中、ディアは傍らで眠っていたジルを起こすと、リサに先導されてオフィスを出ていった。
「へへ~かわいいねぇ。誰かさんのおかげでジル君はよく見えなかったけど」
にやけた顔のまま、ヘレンはビリーにチクリと棘を刺す。
そして、まだ二十代前半であろう彼に胸を躍らせた。
「ジル君って、ユアン君と歳は近いっぽいって話だよね。いいねえいいねえ!」
「……これだから、お前をジルに近づけたくないんだよ」
「先輩ばっかり若い子捕まえてずるい」
「は?」
二人はそんな言葉の応酬を、ユアン達が帰還するまで続けていた。
