ユアンとビリーがディアたちの移送に出発した後のこと――
リサはシオンのメンテナンスの様子を見に、技術センターに訪れていた。
技術センター、通称ラボはセントラル・エリウズの中でもひときわ広い空間を利用している。
だが、ところ狭しと敷き詰められた機器によって、その広さは実感しにくい。
ラボは技術関係にはとんと疎いリサにとって、できれば足を踏み入れたくない場所だった。
そんな中を、通り抜けたところにメンテナンスルームがある。
ユアンとシオンの部屋にある、マザー専用の椅子とよく似たそれに、シオンは深く腰を下ろしていた。
手首の接続端子に二本のケーブルを繋げて、ラボの技術者が彼の背後でモニターを操作している。
シオンは眉間に皴を寄せ、口はへの字に曲がり、見るからに不機嫌な表情をしていた。
「マザー。まだ怒っているのですか?」
「……別に」
顔は動かさず瞼だけ閉じると、シオンは短く応えた。
昨夜はノーアの生存者、ディアとジルのことで特務室にて話し合いが行われた。
その中で、大した根拠もないユアンの無謀さをリサが諫めてくれるだろう。シオンは内心そう期待していた。
だが実際は、リサまでもユアンの肩を持つ始末。シオンはこれに「リサはユアンに甘い」と更にへそを曲げてしまった。
「確かにユアンには直感に頼る節があります。ですが、筋は通っていると思いますよ」
ただの同情、その場に流されただけならば、リサもユアンに異を唱えたかもしれない。
だが、彼は彼なりに考え、取引という形でバランスを取った。
「部下の成長を見守るのも、室長としての務めですから」
「成長……」
ユアンの成長は、シオン自身も身に染みて感じていたところだった。
初めて一緒に巡回をした時とは比べ物にならない程、彼の技術力は向上している。
技術力だけではない。発言の強さ、行動力、対応力。時折シオンも戸惑うほどに、ユアンは進化している。
比べて自分はどうだろう。もちろん、マザーの高性能AIは常に周りの状況、人との会話を通して日々学習を重ねている。
だが、それは成長ではない。覚えたことを実行しているだけだ。人のそれとは、どこか違う――そんな、どうしようもない隔たりをシオンは感じていた。
いつかユアンが、自分の手の届かないところまで行ってしまうのではないか。そんな不安を、シオンは素直に吐き出した。
珍しく、しおらしい態度のシオンに、リサは目を丸くした。
「……マザーは、ユアンを信じていないのですか?」
「信じてるよ。……信じてるから、不安なんだ」
きっと、これからもユアンはその成長を止めない。マザーの相棒として、その能力を大いに振るうだろう。シオンはそう信じて疑わない。だからこそ、その先を危惧してしまう。
――こんな感情、僕には必要ないはずなのに。
「ならば、貴方がユアンから目を離さなければいい」
その言葉に、一瞬思考が途切れた。そして、ようやくリサの方へと顔を向けた。
「ユアンが貴方の相棒であると同時に、貴方もユアンの相棒です。ユアンがどこかへ行ってしまいそうなら、貴方が引き留めればいい。それで止まらないなら、寄り添えばいいのです」
「……僕はマザーだよ?」
シオンは唖然とした。マザーを擁する組織の一角、その長たる人間の言葉とは思えなかった。
個人の思考に寄り添うなんて、そんなこと――
発想として、存在すらしていなかった。それは持ってはいけない思想であり、マザーとして有してはならない感情だ。
シオンの脳裏に、昨日のディアの姿が浮かび上がる。
マザーの存在意義に反した思想、行動。それが可能なら――
「……やめよう」
これ以上は、マザーにあるべき優先順位を揺るがしてしまう。
それまでの思考を掻き消すように、シオンは首を振った。
「この話は危険だ。それに、不確定な未来に不安を覚えるなんて、僕らしくなかった」
すべて聞かなかったことにしてくれと、シオンは会話を無理やり切り上げた。
だが、その後も言葉にならない焦燥がじりじりと彼の内部で異音を立てる。
シオンはその異変に、気づかないふりをするしかなかった。
Dissonance ≪Int: #009 – #010≫
