エリウと交流を始めて数か月が経った。
はじめのうちは出会った時のように、業務の合間に顔を合わせては、とりとめのない話をしていた。
――ユアンは何歳?
――どこに住んでいるの?
――家族構成は?
まるで取り調べのように次々と飛んでくるエリウの疑問に、僕はひとつずつ答えていく。基本的なプロフィールから、首をかしげるような質問まで。
答える度に、彼は満足そうに微笑んだ。
そんな日々の中で、ある時ふと、僕の方からも素直な疑問を返してみた。
「僕のことを知るのがそんなに楽しい?」
「うん、すごく楽しい」
一呼吸おいて、テーブルの上で組んだ手に視線を落としながら、彼は続けた。
「ボクはずっと、こんなふうに誰かと話がしたかったんだ――ユアン、ボクの仕事が何なのか知ってるよね?」
「うん、簡単にだけど。都市の重要な機能を管理してるんだよね。環境とかインフラとか……」
「そう、大体合ってるよ。端的に言えば、それらの機能に不具合が出ないように最適化するのがボクの仕事。じゃあ、十八年前に起きた事件のことは?」
思わず膝の上で握っていた拳に力が入った。
十八年前の事件――それは僕の……いや、エリウズに住む多くの人の人生を変えてしまう出来事だった。
「もちろん。僕はその年に生まれて、僕の父さんはその事件で命を落とした。……マザーの暴走で」
巡回中のマザーがシステムエラーを起こし、都市機能の大部分に不具合が発生した。特に交通と工場地の混乱が酷く、広範囲で多くの事故を引き起こしたのだ。
俯きながら、エリウはゆっくりと話を続ける。
「その事件をきっかけに、マザーの動作を監視する〈監視人制度〉が設けられたんだ。それから大きな事故もなく、エリウズの平和は保たれてる。――でも、悲しい記憶はなかなか消えない。マザーのエラーが、多くの人を死に追いやった。その事実は今も人の心に影を落とし、マザーであるボクを遠ざける。口ではボクを敬いながら、危険なものを見る目をしている。ボクは……この都市を、人を愛している。だけど――人の心はとても遠い」
これが本当に機械なのだろうかと疑うほどに、エリウの表情には悲しみが浮かんでいた。
その瞳は、どこか濡れたように揺れている。そんなはずはないと頭では分かっていても、僕にはそう見えた。
彼がどれだけ人を愛し、人と心を通わせたいかが、痛いほど伝わってくる。
「ボクは、その時のマザーじゃないのに」
「え?」
僕へと視線戻したエリウの表情には、先ほどの悲しみの色はなかった。
「これは一般には公開されていないことなんだけど、キミには話しておきたい」
いつになく重みのある声音に、僕は思わず息を呑んだ。そのまっすぐな視線から目を離せない。
「ボクは、十二番目のマザーなんだ。正確には、この機体になってから――だけどね」
疑問が口をついて出そうになるのを堪えて、静かに言葉が紡がれるのを待つ。
「……マザーは不定期に人格の初期化を行う。その理由は、ウイルス汚染からシステムを護るため。このウイルスがどこから来るか、キミにわかるかい?」
わからない――そう言って首を横に振る。
「うん、そうだろうね。これも一般には公開されてない。でも、噂ぐらいは聞いたことがあるんじゃない?都市の外――外界は廃棄された機械達に支配され、人間へ復讐する機会をうかがっている」
その言葉に、胸がざわつく。聞き覚えがある――けれど、それが現実だとは思っていなかった。都市伝説の感覚で語られていて、僕も聞き流していた。
「実際に支配されているかどうかまではわからない。だけど、ウイルスの出どころはそこだよ。彼らが放ったウイルスは都市のセキュリティをすり抜け、内部通信帯を通じてマザーの意識座標に到達する。そこでマザーは、あえて人格格納コアへウイルスを誘導し、その領域ごと初期化することで、重大な被害を防いでいるんだ」
そこで僕はようやく、“十二番目のマザー”の意味を理解する。
だとすると、いつかは……。
「君も……初期化するの?」
無意識に声が出てしまった。
エリウズは外界から攻撃を受けていて、マザーは被害を防ぐために自らの人格を犠牲にする。それが十一回も繰り返されてきた。
エリウはこうも言っていた。
「この機体になってから」
一体いつから? 間隔は? エリウは大丈夫なのか?
――次々と浮かぶ疑問が、不安と共に脳裏を駆け巡る。
「“いつか”は必ず来る」
彼は淡々と答えた。人への愛を、寂しさを語った時とは、まるで別人のように。
エリウは機械なのだ――僕はこの時、改めて認識した。けれどそれは、冷たさや非情さを意味していない。むしろ彼は誰よりも優しく、温かい心を持っているように見えた。機械であることと、人間らしさ。その両方を併せ持つ存在を、僕は初めて見た。そして、胸の奥が熱を帯びるような感覚に包まれた。
それが何を意味するのか、まだ言葉にすることはできない。けれど――僕の中で、何かが変わり始めていた。
#002: Sync
