ディアに先導され、ユアンたちは来た道とは異なる地下通路を進んでいく。
その間、シオンとディアの間で小さな言い争いが起きていた。
連結区画での緊迫したやりとりとは打って変わって、気の抜けたような応酬だ。ユアンはその光景を眺めながら、固く握っていた拳を少しずつ緩めていった。
突き当りまでたどり着くと、ひときわ古臭い昇降機があった。
四人が乗り込むとカゴがぐらりと揺れる。扉が閉まり、古びた音を立てて上昇を始めた。
やがて地上に到達し、扉が開く。差し込む陽光はまだ眩しく、けれど確かに西へと傾いていた。
昇降機から出たユアンは、すぐにマップで現在地を確認した。端末の所有者を示す紫のマークは、ダウンタウンの最南端で点滅している。
「ここって、立ち入り禁止区域の……?」
ダウンタウンの南側、ユアンの生家がある市民街より更に南に、西から東にフェンスが連なっていた。それには立ち入り禁止のプレートが貼られていて、ユアンは幼い頃に、それを見たことがあった。
「こんなところに繋がっていたなんて」
シオンですら、この昇降機の存在は知らなかったようだ。
「これもホームから?」
ディアは「ええ」と短く応えた。そして、少し離れて顔を押さえていたジルに、近く寄った。
「ジル、大丈夫?」
陽光に背を向けた彼は、彼女にだけ聞こえるかすかな声で相槌を打つ。ディアはその背に手を添えたまま、ユアンたちに振り返った。
「急ぐのでしょう? 私たちは、今夜はここで休むわ」
こんなところで?――とユアンは思ったが、彼女の言うように、これ以上時間はかけられない。ふと、思いついたように声を上げる。
「ちょっと待ってて!」
そして、彼はフェンスの外へと駆け出した。しばし待つと、両手に飲料水と紙パックの食料らしきものを持って戻ってくる。近くに簡易食糧の自動販売機があった事を思い出したのだ。
「しばらく、何も食べてないんじゃないかと思って……これ、ジルに」
そう言って、水と食料をディアに手渡した。
「明日の朝、必ずここに来る」
それだけ伝えると、ユアンは踵を返し、すでに歩き出していたシオンの背を追った。
陽が沈み、投影された空の色が赤く染まっていく。
「ユアンは良い子ね……」
ディアの呟きに、ジルはふんと小さく鼻を鳴らすと、壁に背を預けたまま、足元から崩れ落ちるように腰を下ろしていった。
力が抜けたようにそのまま目を閉じる。
ディアは眠ったと思ったのか、そっと傍に寄り添った。
一方その頃――。
セントラル・エリウズの一部は騒然としていた。
エリウズに隣接するノーア。その通信帯がロストしたことが確認され、上層部はただちに技術センターに調査を指示した。まだ稼働していたバックラインを使い、内部状況のモニターを試みる。そこに映っていたのは、薄霧の中で廃墟と化した建造物の数々と、辺りを闊歩するオートマトンの姿だった。
都市の崩壊という前代未聞の事態に、セントラル・エリウズの局長は八名の諮問官と技術センター長、そして特務室の室長リサを会議室へ召集していた。
特務室のオフィスでは、ユアンたちとの通信が途絶えてから、約四時間。
静けさの中で、ヘレンは途方に暮れていた。
「あーん、繋がんないなぁ。室長も会議に呼ばれちゃったし……」
ヘレンが情けなく呻く中、スピーカーから落ち着き払った声が響く。
「二人の現在地は動き続けてる。無事を祈ろう」
ビリーはマップで二人の動きを監視しながら、重ねたレイヤーに表示したメッセージを眺めた。
通信が途絶える直前、ユアンからあるデータが転送されていた。そこには脅迫めいた文章と、ユアンからのメッセージが短く添えられていた。ビリーからその内容を受け取ったリサは、上層部への報告を保留にするよう指示をしたのだ。
ユアンの『心配無用』とも取れるメッセージを信じ、ビリーはヘレンを宥めた。
不意に、無線にノイズが載る。
「ユアン君!?」
「――あ、ヘレンさん。聞こえますか?」
待ちに待ったその声に、ヘレンは飛び跳ねた。
「聞こえるよ!大丈夫?今どこ?マザーも一緒だよね?」
「はい、一緒です。今、ダウンタウンの南部から、そちらに移動してるところです」
ユアンの応答に、ビリーはマップでユアンたちの居場所を見た。二人を示す赤いマーカーが、ダウンタウンの南からセントラル・エリウズに向かって点滅しながら動いている。ユアンの言葉に偽りがないことを確認すると、ビリーは安堵の息を吐いた。
「詳細は戻ってから説明しますね。……あ、ヘレンさんは、もう退勤時間ですよね」
「まだ、しばらくいるよ。こっちも室長が会議に呼ばれてて、戻ってくるまで帰るわけにいかなくてさ」
「そうなんですか」
ユアンは何か考えている様子で、しばし沈黙した。
「待ってるから、早く帰っておいで」
それだけ告げて、ヘレンは無線を切った。
長く、長く息を吐く。胸をなでおろすと、そのままデスクに突っ伏した。
「よかったよ~」
緊張の糸が切れたのか、ヘレンはその姿勢のまま動かず、二人が帰るのを心待ちにした。
やがて、ユアンとシオンが特務室に戻った。疲れを癒すように、二人は来客用のソファに腰を下ろし、その柔らかさにしばしの間身を委ねる。そして、リサを待つ間、地下通路の連結区画であった出来事を伝えた。ビリーは二人からの報告をスピーカー越しに聞いていた。薄暗い部屋の中で、彼はひとり状況を察する。
「ノーアの崩壊……リサが呼ばれたのはそのことか」
スピーカーからぼそりと呟きが届く。
会議室に上層部が召集されたのは知らされたが、その内容は伏せられていた。だが、タイミングを考えれば、間違いないだろう。
各々が状況を呑み込む間、静寂が部屋を包む。不意にオフィスの扉が開く音がした。
「戻りました。ヘレン、マザーとユアンは――」
会議から戻ったリサが階段を降りようとすると、気にかけていた二人の姿が目に入る。彼女は安堵の息を漏らした。
「よかった――無事のようですね」
リサには、彼らに聞きたいことが山ほどあった。当のユアンとシオンも、答える準備はできているようだ。しかし――リサは瞬時に、頭の中で優先順位を置き換える。
「まずは、こちらの会議の話をしましょう」
そう切り出すと、リサは会議の内容を特務室の皆に語りだした。
ノーアの崩壊、内部の現状――ユアンたちがディアから聞き、ヘレンとビリーに共有した内容だった。
「――そして、記録された映像の中に、二人の生存者が確認されました。おそらく、一人はノーアのマザー。もう一人はその監視人と推測します」
その言葉に、ユアンとシオンは顔を見合わせる。
そして、ビリーとヘレンには既に共有済みの、地下で出会った“生存者”のことを、リサにも詳しく伝えた。
これからどう動くべきかを、互いに思案するために――。
その夜のうちに方針は定まり、歯車は音もなく、次の段階へと動き出した。
PHASE 2 – SIGNAL-1 // END.
