リサから呼び出しを受けていたユアンはジルをビリーの元へ送った後、セントラル・エリウズの構内にあるトレーニングルームを訪れた。
広い空間の壁沿いには様々なトレーニング器具が並び、中央には九メートル四方ほどの試合場が設けられている。
エリウズでは主に保安局が都市の治安維持、防衛を担っているが、一方でセントラル・エリウズの組織内でも緊急時のための人材の育成が行われていた。
希望者は、いつでもこのトレーニングルームに入ることができ、リサやビリーも度々ここを利用している。
「ユアン、こちらです」
きょろきょろと部屋を見渡すユアンにリサが手を振る。
試合場の向こう側、更に奥の部屋に続く扉の前に彼女は立っていた。
「遅くなってすみません」
「いえ、急に呼びつけたのはこちらですから。どうぞ、入ってください」
ドアノブに手をかけ扉を押し開き、リサはユアンを部屋へ促す。
そこは、余計なものは何もない空間。
入り口の扉から3メートルほどの距離に、腰より少し高い間仕切りが端から端まで部屋を隔てる。その向こうの壁全面が巨大なスクリーンになっていた。
「これは……」
「ユアン。貴方には今日からここで、射撃の訓練をしてもらいます」
「しゃ、射撃!?」
ユアンは目を見開いた。だが、すぐに平静を取り戻す。
「先だってのオートマトンの襲撃は、大きな被害を受けることなく何とか抑えることができました。ですが、また同じことが起こらないとも限りません」
先の襲撃事件が脳裏をよぎる。ユアンはあの時、自分の力不足を心底感じていた。シオンが実行したプログラムの効果が一秒でも遅れれば、自分はあの時死んでいたかもしれない。
「むしろ、上層部では必ず次があると危機感を強めています」
ユアンはごくりと唾を飲み込み、再びあの日のことを思い返す。ディアから譲渡された命令プログラムとオートマトンのIDにより、襲撃してきた多くの機械は機能を停止した。だが、それに該当しない異なるIDを持つオートマトンが存在した。もし“次”があったら……更に未知のオートマトンが生み出されていたとしたら……。
「今度こそ犠牲者を出してしまうかもしれない……」
無意識に口をついて出た。想像で背筋が凍り、身が震える。
「ええ。そうならないためにも、しっかりと備える必要があります」
「それで、射撃……ですか?」
「貴方は、身体能力はともかく基礎体力はあるので、手先の器用さを生かして銃器の取り扱いを覚えるのが良いかと」
リサは訓練用の銃とゴーグルを用意すると、スクリーン装置を起動した。
画面にターゲットが現れ、画面端にはID、スコア、タイムなどの情報が表示されている。
「この訓練用の銃には弾は入っていません。トリガーを引けば、連動したスクリーンの照準先に着弾します……バーチャルゲームのようなものと思ってください」
そう言って、リサは自ら実演して見せた。構える動きから銃の重さがうかがえる。トリガーを引いた途端彼女の身体がかすかに揺れ、射撃時の反動も実物を再現されていることが分かる。
まっすぐに銃を構えるリサの姿は歴戦の猛者そのものの様に見えたが、そのスコアは惨憺たるものだった。
ユアンはふと、オートマトンと対峙した時に彼女は銃を持たず、鉄の棒で立ち向かっていたことを思い出した。
「……と、まあ。私の射撃の腕は見てのとおりですが、システムは理解できましたか?」
「は、はい」
その後、銃とゴーグルを受け取り、彼女の見様見真似でユアンは初めて銃を構えた。
思うように照準が定まらない。トリガーを引くと想像以上の反動で体が揺れ、銃口が大きくぶれる。
結果はスコアにもならない、的の端を数回掠めた程度だった。
「……よろしい。最初は皆こんなものですよ。今後も訓練に励み、銃器取扱免許の取得を目指してください。射撃に関して悩むことがあれば、ビリーを頼るのもいいでしょう」
たった十数回の射撃の負荷で、ユアンの腕はびりびりと痺れていた。
自身の軟弱さに打ちひしがれているユアンに、リサは「実はもう一つ、大事な話があるのです」と切り出した。
「襲撃事件の後、貴方が入院している間、マザーがメンテナンスを受けていたことは以前話しましたね」
「はい。プログラムの実行にシステムに負荷がかかったと」
「そのメンテナンスの結果、ラボから看過できない報告が入りました」
ユアンは眉をひそめた。捨て置けない、と言うことは良くない知らせだろうか。不安を押し込め、引き続き彼女の話に耳を傾けた。
「マザーのシステム内部に、不明の記憶領域が確認されたのです。通常のメンテナンスでは確認することない階層の為、今の今までその存在に気づかなかったようです」
マザー自身も認知していないだろうとリサは付け加えた。
「それは……よくない影響があるんですか?」
「今のところ、大きな問題には至らないようです。ですが、断続的に再起動をした形跡があると……貴方は、何か気づいたことはありませんか?」
ユアンはここ最近のシオンの様子を振り返る。
言われてみれば時折、彼が不自然に反応を鈍らせることがあるような……。
「再起動といっても、彼の起動速度なら一瞬のことなので日頃の行動に影響はないでしょうが、システムの寿命に影響を及ぼすかもしれない――というのがラボの見解です」
「その領域が再起動の要因とわかっているのなら、どうにかできないんですか?」
「手を出そうにも、プロテクトがかかっているそうです。ロックを解除しなければどうにもできないと」
そんなものがどうして〈マザー〉のシステムに、一体だれが何のために?口元に手を当て考え込むユアンに、リサは核心を突く事実を突きつけた。
「ユアン、この領域が作成されたのは二年前……エリウの人格が初期化される二日前の日付なのです」
「――!?」
エリウの初期化の直前に作成された領域。それはつまり――
「エリウが、その領域を作ったってことですか……!?」
そうとしか考えられなかった。マザーの中に、マザーも認識できないものを忍ばせるなんて。でも何故そんなことを?謎は深まるばかりだった。
「ロックがされていると言うことは、解除キーが存在するはずです。何か心当たりはありませんか?エリウから、何か聞いていたとか」
ユアンは記憶を巡らせたが、それらしいものは思い当たらない。
思い出すのは、彼との友人としての会話だけ。何かを託された覚えはない。
「いえ、何も……」
「そうですか。……では、貴方に一つ任務をお願いします」
リサはしばしの思案の後に、ユアンを見据え言葉を紡いだ。
「解除キーを、探してください。おそらく、貴方がエリウの思考に一番近い……彼の友であり、最期を見届けた貴方ならきっと……」
ユアンはリサの言葉に一瞬戸惑った。
『貴方がエリウの思考に一番近い』
――彼を理解できず、理解するためにここに来た僕が?
けれど、解除キーを見つけることができれば、それはエリウの理解に繋がるのかもしれない。
試されている気がした。彼は最後にユアンを理解者だと言った。エリウを理解するユアンになら解けると、これこそ彼が最後に託したものではないだろうか。
そして、それがマザーの助けになるのなら――
「分かりました。やってみます」
選択肢は一つだった。
とはいえ、まるで見当もつかない探しもの、ユアンは早々に頭を悩ませることになる。加えて、シオンにエリウの話は禁句だ。己の記憶だけを頼りに、彼の足跡を辿るしかない。
こうして、ユアンは監視人の職務の傍ら銃の訓練、そして解除キーの調査と、忙しい日々に追われることとなった。
#022: Coded Legacy
