#015: Disturbance

Novel1

 時折、火花を散らしながら照明が明滅する。
 金属を打ち付けるような無数の足音が、薄暗い地下道を駆け抜けた。
 獣を模したような鉄塊の頭部。その中央に据えられた赤いランプが、まるで目玉のように上下左右に動き回っている。
 やがてそれらは、都市と都市を繋ぐ連結区画へと辿り着く――。

 
 取引の期日を迎え、この日の巡回を終えたユアンとシオンは、ディアたちの待つユアンの家へと向かっている。
 入れ違うように、ジルの治療後の経過観察を任されていたビリーは、その役目を終えると特務室の倉庫に帰還していた。
 ビリーの話によると、現在ディアは時々アニーの花屋を手伝い、ジルは安静にしつつもその様子を眺めていることがあるという。少なくとも、それだけの余裕が二人に戻ってきた証なのだろう。
 ようやく取引を行える状況になったのだが、ここにきて一つの問題が発生した。ホームから得たプログラムの譲渡にはアクセス権限のあるコード――すなわち、マザーのシステムコードが必要だという。そのため、譲渡にはマザー同士が同期しなければならない。
「そういうことは、先に言っておいてほしいね」
「マザーは知らなかったの?」
 後部座席でぼやいたシオンにユアンが問うと「前例のないことを、知るわけがないだろ」と一蹴する。
 やがて、到着したダウンタウンのパーキングで車を降り、ユアンの家へと歩き出した。
 隣り合って歩いていると、ふとユアンがシオンをまじまじと見つめた。
 移動中の車内で、シオンは普段のマザー用の外套を脱ぎ、市販のトレンチコートに着替えていた。
「……やっぱり、ちょっと違和感あるね」
「僕だって別に好きでこんな服を着ているわけじゃない。でも、いつもの恰好だとさすがに目立ってしまうし……」
 巡回でダウンタウンに立ち寄ることは非常に稀だ。しかも移動はほぼ車で行っているので、町中をマザーが堂々と歩いていては目立ちすぎると、リサが事前に用意していた。
 違和感はある。だが、その知的でシンプルなシルエットは、シオンの雰囲気にとてもよく馴染んでいる――そう、ユアンは思った。
 やや狭い路地を抜けると、灰色の外壁が目に入った。ユアンの家だ。ガレージに目を向けると、前回来た時には閉じられていたウッドフェンスが開いている。色とりどりの鉢植え、切り花がその小さな空間を静かに彩っていた。その花たちに埋もれるように、プラチナブロンドの髪を長く垂らした少女が椅子に腰かけていた。
「ディア!」
 ユアンの呼びかけに気づいたディアは椅子から立ち上がり、二人にゆっくり歩み寄った。
「遅かったわね。もう閉店の時間よ」
「ごめん、巡回に少し手間取って……。店番をしてたの?」
「ただそこに座っていただけよ。それだけで人が覗きに来るの」
 慣れ親しんだ近所の花屋に突然、美しい看板娘が現れた。そんな噂が広がり集客に繋がったことは想像に難くない。
 よく見ると、ディアの衣服がエリウズに来た時に身に着けていたものと違っている。どうやらアニーが彼女に買い与えたようだ。
「服、かわいいね。ディアにとても似合ってるよ」
 ユアンの言葉にディアは目を丸くすると、指先で髪をくるくると弄りはじめる。「そうかしら」と顔色ひとつ変えぬまま、指先だけが落ち着きなく動いていた。そんなやりとりを見て、シオンはじっと睨むような視線をディアに向けていた。
「要件を早く済ませたいんだけど?」
 不機嫌を露わにしたシオンの声を聞き、ユアンはハッと慌ててシオンを家の中へと案内を始め、ディアも後に続いた。途中、アニーとすれ違うが「大事な話があるから」と軽いあいさつで済ませ、階段を上がる。部屋に入ると、ベッドでジルが静かに寝息を立てていた。
「起こしちゃ悪いだろう?早く終わらせよう」
 シオンはそう言うと、早速ディアにデータの同期を促し、彼女もそれに応じた。
 それはユアンから見て不思議な光景だった。二人は互いの左手を重ね、じっと向かい合ったまま動かない。静寂の中、ただ接触点を通じて、情報が流れていく――この間に、命令プログラムとオートマトンのID情報がディアからシオンへと譲渡された。
 わずか数十秒で転送作業は終了し、二人は重ねた手を離す。そして、シオンはすぐさま転送されたプログラムとデータを確認した。
「……うん、たしかに受け取ったよ」
 それを聞いて、ユアンはほっと息を吐く。
「そのプログラムは内部通信帯を利用してオートマトンに働きかけるわ。通信障害時は実行不可能と覚えておくことね。それと、バックラインの通信速度では実行プロセスにかなりの時間がかかる、それも気を付けて」 
 ディアが命令プログラムについて補足を加えると、シオンは「わかった」と、小さく頷いた。
 取引を済ませたユアンとシオンは、引き続き二人の面倒をアニーとマシューに頼むと家を出ようとする。それを、ディアが呼び止めた。
「ユアン。ありがとう、信じてくれて」
 その言葉に、ユアンは何も言わず、ただ微笑んだ。その瞳に込められたのは、感謝でも同情でもなく――確かな信頼だった。
 
 ひとまず、彼女との取引は無事完了した。だが、まだ問題がある。上層部の調査が進めば、彼女らの足取りも掴まれてしまうかもしれない。
 匿っていることが明るみに出れば、ユアン自身も処分の対象になる可能性は否めない。――でもそれは、そのときに考えよう。いまさら自分の行動を省みても仕方がない。それに、後悔はない、自分で判断した結果だ。
 ユアンがそんなことを考えていると、前を歩いていたシオンがふと、足を止めた。
「どうしたの?」
 不思議に思ったユアンがシオンの顔を覗き込むと、彼は目を見開いたまま表情で口元を押さえていた。
「ユアン、まずいことになった」
 シオンが言葉を発すると同時に、ユアンの端末に無線が入る。いつもより多くノイズを吐く中でかすかに声が聞こえる――リサの声だ。
「――ユア――ン――――聞こえ――すか?」
「室長?どうしたんです!?」
 ひときわ大きなノイズが通り過ぎると、さっきより僅かに音が鮮明になり、途切れていた声が繋がった。
「時間が無いので、手短に言います。ノーアの地下通路からオートマトンが入り込みました。セントラルに繋がるルートとアップタウンの一部昇降機は封鎖できましたが、その他の昇降機に向かってマトンが侵攻しています」
 突如、都市全体に警報音が鳴り響いた。けたたましいサイレンの後に、通信がバックラインへ切り替わった旨と、シェルターへの非難を機械音声が促した。
 事態の深刻さに、ユアンとシオンは顔を見合わせる。
 街が騒然としはじめる中、リサは続けた。
「至急セントラルへ帰還を、ビリーをそちらに向かわせていますので、貴方たちの場所から最短ルートの道で出会うはずです。彼も拾ってきてください」
 そしてすぐに無線は途絶えた。ユアンが来た道を振り返ると、ダウンタウンの人々が次々と駆け足で移動を始めている。ふと、家族の顔が思い浮かぶ。
「……ユアン、大丈夫だよ。君の家族も緊急案内に従って避難する。今は、僕たちにできることをしよう」
 彼の心情を察したシオンは、冷静に言葉をかけ、ユアンの背中を勇気づけるように軽く叩いた。
 それに彼は頷いて応えた。
「うん、行こう」
 駆けだした二人は、パーキングで車に乗り込んだ。シオンはすぐさまディアから託されたプログラムのアクティベートを始める。それ自体はほんの数秒で完了したが、ディアの言っていたとおり実行プロセスにはかなりの時間を要するようだ。
 ユアンがアクセルを深く踏み込むと、いつもよりスピードを上げて人の気配を失った道路を走らせた。
 アップタウンに入ると前方に黒いバイクが見えた。その脇に、銃を持った大柄な男性がこちらに片手を上げながら立っている。
「ビリー先輩だ!」
 彼の目の前で停車して窓を開けると、ビリーのほうから口を開いた。
「リサから話は聞いたか?」
「はい。セントラルに戻るようにと、先輩も拾って帰るよう言われました」
 自身が乗ってきたバイクを自動追尾モードに切り替えると、ビリーはユアンの車に乗り込んだ。ふと、後部座席で沈黙しているシオンの様子が気になった。
「マザーは何を……?」
「……敵への停止命令プログラムの実行を試みてる」
 ビリーの問いに、シオンが自ら答えた。バックラインの通信速度制限により、その作業が難航していることを説明した。
「そうか……ん?」
「どうしました、先輩?」
 現在時刻を確認しようとビリーがモニターを展開すると、一通のメッセージが届いていることに気が付いた。
「なんだ、こんな時に……」
 通常の内部通信帯から非常時のバックラインに切り替わると、通信速度の低下に加えて、アクセスの制限も設けられる。
 そんな最中に届いたメッセージを、不審に思いながら開いた。その内容に、ビリーは目を見開く。
「先輩?」
「ユアン、すまん。停めてくれ」
 言われるまま、ユアンは路肩に車を停めた。
「ディアからメッセージが届いた。……ジルが逃げ遅れた子供を探しに、シェルターを飛び出したらしい」
 本来ならば、ユアンと共にマザーを守るべきなのだが――苦渋の表情を浮かべるビリーの背中を押す様に、ユアンは言った。
「行ってください、先輩。セントラルまでは僕が必ずマザーを守ります!」
「――っ!」
 ビリーはその言葉を聞くと、すぐに車を降り、後ろについてきていたバイクに飛び乗った。
「すまない、無茶だけはするな」そう言い残して彼は、大きくUターンして逆方向へ走り去った。
 ビリーを見送ると、ユアンは再びエンジンをかけた。そして、黙っていたシオンに意識を向ける。
「ごめん、マザー。また一人で決めて」
「……今更、君の行動に驚かないよ。それに、セントラルに行けばリサがいる。そこまで車で突っ切るだけだ」
 罵倒されると身構えていたが、予想外にシオンはユアンの独断を責めなかった。同時に、それは自分への信頼なのだとユアンは受け取った。
「うん、任せて……!」
 ユアンはアクセルを踏み込み、セントラルへの帰路を急いだ。