『機械』は『人』によって作られたもの。彼らはプログラムに従って行動し、そのプログラムもまた『人』の手によって作られている。
ならば、『人』はどうだろう。『人』もまた、誰かによって作られ、誰かに行動を操られているのかもしれない――その可能性を、僕は否定できずにいる。
技術者だった祖父の影響で、僕は幼い頃から機械に強く惹かれていた。そのせいか「変わった子」だと、仲間外れにされることも多かった。
僕自身は気にしていなかったけれど、母は少しだけ気にしていたようだ。
六歳から始まった義務教育の十年目、僕は学びの場から離れて働くことを選んだ。友達がいなかったからでも、成績が悪かったからでもない。誰もが同じことを学び、同じように進むことに、どこか違和感を覚えてしまったのだ。
「ユアンの思う通りに生きて。あなたが、自分の意思で決めたことなら――お母さん、応援するから」
僕がその選択を母に伝えたとき、彼女はそう言って、優しく受け入れてくれた。
手始めに車両の運転免許を取り、僕は運送業のアルバイトを始めた。ダウンタウンからアップタウンに入ってすぐの場所にある、それなりに大きな運搬会社だ。
工場で生産された機械の部品や資材を、企業へ届けるのが主な仕事。勤め始めは小さな商業施設、ノルマをこなせば担当区域が広がっていく。
この仕事を始めて二年が経った頃、僕はセントラル・エリウズへの配送を担当することになった。
セントラル・エリウズは、マザーと共に都市の機能を管理・運営する機関だ。
アンドロイド型の都市制御端末――通称〈マザー〉は高性能AIを搭載し、自ら考え、行動する。そして外見は人間と変わらない。メンテナンスこそ必要だけど、それ以外は人間と大差はない――と、いつかのニュースが伝えていた。
業務で出入りするうちに、もしかすると実際にマザーに会えるかもしれない。そんな期待を胸に、今日も資材の運搬にやってきた。
資材の引き渡しがスムーズに終わると、次の業務まで少し時間が空く。そのあいだ、敷地内を散策するのが僕のささやかな楽しみだった。
心地のいい陽気に、両手を天に伸ばして大きく息を吸う。すると、どこからか声が聞こえた。
「そこの人、ねえ、キミだよ」
「……僕?」
遊歩道の脇に目をやると、植え込みの中に人が倒れていた。ギョッとした僕は、慌てて駆け寄る。
「だ……大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。でもちょっと動けなくて。手を貸してもらえるかな?」
放ってはおけず、言われるまま足を引っ張り、なんとか上半身を引きずり出した。葉っぱにまみれたその人は、光を反射する青灰色の髪と、紫水晶のような瞳をもつ――驚くほど整った顔立ちの青年だった。
「助かったよ、ありがとう。芝生が気持ちよさそうで、ちょっと横になろうとしたら……うっかり転がり落ちてしまってね」
どこから突っ込むべきか迷っていると、彼はその端正な顔を綻ばせ、子供のように無邪気に笑った。
「ボクはエリウ。キミの名前は? ここで働いてるの? 所属は?」
突然の質問攻めに、思わずたじろぐ。
「……AZ物流の配達員で、ユアンっていいます」
名乗った途端、彼――エリウは僕の名前を口にして、楽しげに何度も繰り返し始めた。
「ユアン、ユアン!うん、良い響きだ。物流の人だったんだね。どうりで中で見かけないわけだ」
「は、はあ……」
「それと、敬語なんて必要ないよ。友人や兄弟のように話しかけてほしいな。あ、ついでにもう一つお願い!」
こちらが何か言う暇もなく、彼はまるで舞台の台詞のように次々と言葉を投げてくる。
「実は、左足が動かないんだ。セントラル・エリウズのエントランスまで、連れて行ってくれないかな?」
唖然とする僕の両手を、エリウはがっしりと握りしめる。
距離が近い。目も逸らせない。その圧倒的押しの強さに、僕の思考は完全に止まった。
困っている人を放っておくわけにもいかず、選択肢を見失った僕は、その二つのお願いを引き受けることにした。
「エントランスまで、だね。じゃあ僕の肩につかまって」
「助かるよ~」
エリウは嬉しそうに僕の肩へと腕を回す。その瞬間、ずしりとした重みが全身にのしかかった。
足の不自由な人を支えるのだから、それなりの重さは覚悟していた。けれど……これは、さすがに重すぎないか?
まるで鉄の塊でもぶら下げられたような感覚に、思わず声が漏れた。
「ユアン、大丈夫?歩けるかい?」
「だ、大丈夫……エントランスまでなら、なんとか」
逆に心配される始末だった。
僕の筋力が足りないのか、彼が見た目以上に重いのか。とにかく、一刻も早くこの重みから解放されたい一心で、無言で足を動かし続けた。
その間にも、彼はあれこれと話しかけていた気がする。でも、応える余裕は全くなかった。
そしてようやくエントランスにたどり着いた瞬間、僕はその場に、力尽きたように倒れこんでしまった。
「ユアン、生きてるかい……?」
「な、なんとか……。明日が休みでよかったよ……」
重くなった上半身を持ち上げ、ゆっくりと立ち上がる。
悲鳴をあげる節々に、後に来る地獄の筋肉痛を確信した。
「それで……言われるまま連れてきたけど、君はここで何を?」
「何をって――ここはボクの家だよ」
その答えにきょとんとしてしまう。
職員用の宿舎があると聞いてはいたけど、それを『家』と呼ぶだろうか?まるでここで生まれ育ったかのように言い切る彼に、わずかな違和感を覚えた。
「エリウ!」
突然、女性の鋭い声が響き、僕の思考は吹っ飛んだ。
エントランスの通路奥から、スーツ姿の女性がまっすぐこちらへ向かってくる。その顔には、はっきりと怒気が浮かんでいた。
「リサ、ただいま」
「“ただいま” ではありません。散歩に行くと言って出て行ったまま戻らず、コールを入れても応答なし。私がどれだけ心配したと思っているのですか」
「実はかくかくしかじかで……足が動かなくなっちゃって」
「足が動かないなら、私を呼べばよかったでしょう。なぜコールに応じないのです?」
「それが、ちょうどいいところに彼がいて、助けてもらったんだ。 そしたら話が弾んじゃって――リサのこと、すっかり忘れてた。ごめん」
……盛り上がってたのは君だけだよ。
つい口を挟みそうになるのを堪え、二人の会話に耳を傾けた。
エリウが弁明を終えると、彼女――リサは深いため息を吐いた。そして手を伸ばし、エリウの頭に触れる。
「今回は足だけで済みましたが、衝撃でシステムに異常が出れば、困るのは貴方一人では済まないのですよ?もっと、〈マザー〉として落ち着いた行動を心がけてください。」
……ん?
「あ、あのー……お取込み中申し訳ないんですが」
今、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「マザーって……?」
僕の問いに、彼女は信じられないと言わんばかりの視線をエリウに向ける。
「……貴方、助けてくれた恩人に、自分が何者なのかも説明していないのですか?」
「だって……本当のことを知ったら、みんな遠慮しちゃうじゃないか」
むくれたように口を尖らせる彼に、リサは再び深いため息を吐いた。そしてエリウは、ゆっくりと僕のほうへ向き直る。
「そう。ボクは“マザー”、人じゃない。……隠しててごめん、ユアン」
今までとは違う真面目で静かな声色。その表情は少し寂しそうに見えた。
「マザー……君が……」
正直、実感が湧かない。マザーに会えるのを期待していたはずなのに、目の前にいるのは、まったく想定外の“マザー”だ。
この都市に生まれた者なら誰もが、その存在・役割を学ぶ。僕がイメージしていたそれは――
坂を転がり落ちて、植え込みに突っ込んだりしない。
人間の肩を借りたりしない。
子供のように無邪気に笑ったり、怒られて口を尖らせたりもしない。
幼い頃から心に積み上げてきたイメージが、音を立てて崩れていく。
……それなのに。
なぜか、彼に惹かれてしまう。
「どうりで、重いわけだ。おかしいと思ったよ」
苦笑交じりにそういうと、エリウは目を丸くした。
「怒ってない?ボクがマザーだと知って、引いたりしてない?」
「思ってたマザーとは少し……いや、かなり違ってた。でも――」
僕は彼と出会ってからここへ来るまでの出来事を、ひとつひとつ思い返す。
足が動かないとか、やけに重いとか、“ここが僕の家”だとか。
よくよく考えれば納得がいく。
この整いすぎた顔立ちも、作り物だと言われれば腑に落ちる。凝り固まった先入観を取り払えば、驚くほど自然に受け入れられた。
それと同時に、マザーという存在への興味が、胸の奥からじわじわと湧き上がってくる。
マザーは、人の形を模した機械だ。どれだけ人に似せていようと、その行動はすべてプログラムに基づいている。けれど、エリウの言動にはそれを感じさせない自由さがある。
彼の『脳』とも呼べる優れたAIが、それを可能にしているのだろうか。
僕はふと、口に出していた。
「君みたいなマザーも……うん、悪くない」
正体を知っても僕の態度が変わらないとわかると、エリウは無邪気に笑った。
「ふふっ、やっぱりボクの思った通りだ。キミに声を掛けて良かった」
「エリウ、歓談もそのぐらいに。すぐにラボから迎えが来ます」
リサは指先でホログラムモニターを操作しながら、淡々と続けた。
「明日も巡回の予定があるので、今日中にその足を修理してもらわなければ。念のため、システムのメンテナンスも受けてください」
「ええー、せっかくいい話ができそうだったのに……」
笑ったかと思えば、今度はがっかりした顔を見せる。本当によく表情が変わる。
そんなエリウの顔を見ていると、不意に、背後の窓口に掲げられた電光時計が目に入った。時刻を確認し、僕はハッとする。
「僕も、そろそろ行かなきゃ」
「うう……そっか……残念。キミともっと話がしたかったけど、仕方ないね」
ほどなくして、白衣姿の技術者たちが駆けつけた。
彼らは慣れた手つきでエリウの体を支え、エントランスの奥へと促す。
「……ユアン!」
エリウは歩き出した足を止め、振り返る。
「またここへ来て、話をしよう!約束だよ――待ってるから!」
言葉を残して、彼は通路の奥へと消えていく。僕はその背を目で追いながら、とっさに返事ができなかった。そして、隣で同じように彼を見送っていたリサに目を向けた。
「エリウは、ああ言ってましたが……良いんでしょうか?僕なんかがマザーと交流して」
問いかけると、彼女は小さくため息を吐き、こちらへ向き直る。
「……本来なら、一般人との過剰な接触は控えるべきですが、エリウはあの通り、少し特殊なので」
そこで、ようやく彼女は名乗った。
「――申し遅れました。私はリサ・ナトリー。マザーの監視人を務めています」
まっすぐに僕の顔をとらえていた視線が、首元へと移動する。
「貴方は……その通行証、セントラル・エリウズへの納品業務の方ですね?」
「はい。AZ物流の配達員で、ユアン・ゴートと言います」
嵐が去ったあとのような静けさの中で、ようやく落ち着いた会話ができた。マザーの監視人――気になる言葉だけれど、今はそれを深く聞いている余裕はなさそうだ。
「繰り返しますが、エリウはマザーとしては特異な存在です。こちらも手を焼いていて、人間でいうところの……問題児ですね」
眉間にしわを寄せながら、リサは彼の話を続ける。
「好奇心が強く、日頃から勝手な行動ばかり取るのです。……ですが、今は貴方が興味の対象のようですね」
「僕が?」
彼女は静かに頷いた。
「ええ。貴方さえよければ、エリウに付き合ってあげていただけませんか?彼の好奇心が貴方に向いている間は、あの奔放さもいくらか収まるかもしれません。……不本意ながら、少し利用させていただく形にはなりますが」
「……僕は構いませんが」
少し迷ったが、むしろ、好都合だった。
最初は聞き流していたエリウの言葉を、もう一度ちゃんと聞いてみたい。気づけば、僕は彼との対話を求めていた。
彼が僕に興味を示すように、僕も彼に強く惹かれていた。
それに、マザーと個人的に関わるなんて、僕の育ったダウンタウンではまずありえないことだ。配達区域がいつ変わるかもわからない。この機を逃したら、二度とチャンスはないかもしれない。
僕はこの申し出を快く受け入れた。
「ありがとうございます。それでは今後、エリウと会う際は、先に私へ連絡をください。双方のスケジュールを照合して、会合の時間を調整しましょう」
こうして僕とエリウは、彼女の仲介のもとで、少しずつ交友関係を深めていくことになる――。
