セントラル・エリウズ、会議室――。
この日も上層部と技術センター長、そして特務室の室長リサが召集されていた。
ノーアの崩壊が判明した当時、辛うじて動いていたノーアのバックラインはその日のうちに通信不能となった。おそらくは都市を占拠したオートマトンにより、通信アクセスコードが書き換えられたのだろう。技術センターでは、このわずかな時間のうちに得られた内部状況の解析が行われていた。
そして、既に生存者として二名の姿が確認されていたが、画像の鮮明化により一人の素性が特定される。
「先日、推測した通り。二人のうち一人はノーアのマザーと特定できました。映像からもう一人のIDスキャンも試みましたが、生体IDそのものが確認できません。ノーアでは、生まれたことすら認知されない区画があるため、その出身の者ではないかと」
センター長はさらに報告を続けた。
「可能な限りその後の行方を追いましたが、最後に確認できたのはセントラル・ノーアに入る姿です。以降は映像の乱れが激しく、解析不能です」
諮問官の一人がモニター上の資料を眺めながら手を挙げた。
「映像の乱れが始まった同時刻に、エリウズに大規模な通信障害が起きている。因果関係の有無は?」
「現在調査中です」
「我らがマザーはなんと? 通信障害の件について、何か聞いていないか?」
また別の諮問官が、リサに視線を向けて問いかけた。
「通信障害の復旧後、マザー自身が内部通信帯を調べたようですが――原因は不明とのことでした」
リサは淀みなく答えた。しばしの沈黙のあと、上座に座る男が右手で机を軽く叩いた。
「現時点でノーアの崩壊とエリウズの通信障害が無関係とは言い難い。ラボは引き続きの調査を頼む。念のため、ノーアとの連絡通路を警戒、保安局へ協力も要請しよう」
本日は以上とする。と、セントラル・エリウズの局長は締めくくった。
各々が会議室から退出し、末席のリサは最後に部屋を後にした。
扉を閉め、人の気配がなくなったことを確認すると、リサはその場で深くため息を吐いた。
何度経験しても会議の空気は慣れない。加えて、今の自分は大きな秘密を抱えている。上手くやり過ごせただろうかと、先ほどの自分の言葉を振り返った――そのとき、不意に背後から声が掛けられた。
「まだ緊張しているのか?」
「――っ!……局長」
声の主は、先ほどまで上座に座っていたセントラル・エリウズの局長、キース・タイラーその人だった。
「はい……お恥ずかしながら、やはり私に長という役は向いていないかと……」
「はは!お前でなければ誰に務まるというんだ?誰もがお手上げだったマザー擁する特務室を、0からたった数ヶ月で立て直したじゃないか」
「それも、局長のお力添えがあったからこそです」
リサが恐縮していると、キースは柔らかに微笑んだ。
「そう、かしこまるな。……上手くやってるようで安心したよ、最近は家で顔を合わせるのも少なくなった」
「……」
かすかに寂しそうな顔をしたキースに、リサは目をそらし黙り込んだ。
キースとリサは、血の繋がらぬ親子だった。二十年前の大事故で、リサは両親を亡くし天涯孤独となった。当時セントラルで諮問官を務めていたキースは、そんな彼女を不憫に思い養子として迎え入れた。以来リサは、セントラルの敷地内にあるキースの邸宅に同居している。
リサは引き取られたその日から、キースの支えとなるべく自分を磨いた。そして、類まれなる身体能力を身に付け、マザーの監視人となった。しかし、マザーの初期化をきっかけにキースから直々に役職異動を言い渡され、今日に至っている。
「まだ、怒っているのか?」
「……いえ」
その異動に、当時彼女は不服を申し立てていた。キースとしては、危険を伴いかねない監視人の職務から離れてほしい一心だったのだが……。リサはそれ以降、キースに対し距離を置くようになってしまった。
「職務があるので、失礼します」
そう言って、リサは逃げるようにその場を立ち去り、残されたキースはため息とともに、静かに彼女の背を見送った。
リサが特務室のオフィスに戻ると、ちょうどユアンとシオンも巡回を終えて帰還していた。
会議後の緊張も解け、ようやく一息つけるかと思いきや、またしても頭痛の種が待っていた。
「取引の話、忘れたわけじゃないよね?」
「もちろん忘れてないさ。でも今は、あの二人にも落ち着く時間が必要だよ」
ユアンとシオンがなにやら言い争いをしている。苛立ちを隠せていないシオンに対し、どちらかといえば、冷静だったのはユアンの方だった。
リサがオフィスに入ってきたことに気づいたヘレンが、事のあらましを伝えた。
先日、ディアとジルのゴート家へ移送を無事終えることができた。それから三日。彼らの身の安全の保証と引き換えのはずの、ディアの持つ情報がいまだ譲渡されず、シオンがしびれを切らしたのだ。
それに対し、ユアンはジルの怪我の状態を鑑みて、もうしばらく時間を与えるべきだと主張している。
リサは小さくため息を吐くと、ヘレンにビリーの所在を確認した。
「先輩なら、まだユアン君のおうちだと思いますよ」
聞くや否や、リサはすぐさまビリーにコールで呼びかける。数回の呼び出し音の後、彼の低い声が応答した。
「……リサ?どうした?」
「ビリー、そちらの状況はどうです?彼の怪我の具合は?」
「意識ははっきりしてる。経過は順調……だけど、まだしばらく様子を見る必要がありそうだ」
「彼女――ディアと取引の話はできそうですか?」
リサの問いに、ビリーはしばし思案の間を開けた。そして、少しもたつきながら応えた。
「……まだ、そうだな……せめて一週間待ってやってほしい」
そう言いながら、ビリーはベッドで眠るジルに寄り添うディアを見た。
あと少し、彼女の不安が取り除けるまでは、他のことを考えないようにさせてやりたいと、ビリーは思った。
「分かりました。一週間、マザーにはそれで納得してもらいましょう。……引き続きそちらのことは任せます」
通話を切ると、リサは今も言い合いを続けているユアンとシオンの間に立った。
「二人とも、そこまでです。マザーは一度落ち着いて、ユアンも……」
そして二人を、応接用のソファーに座らせた。少し反省した様子のユアンに対し、シオンは子供のようにそっぽ向いている。リサは短く息を吐くと「いいですか」と話を切り出した。
「マザーの焦りもわかります。ですが同じマザーとして、ディアの動きも計算できるでしょう。彼女が現状をまだ、“安全”だと認識できていなかったら――取引を強要すれば譲渡を約束していたデータを、消去してしまうことも考えられます」
顔を明後日のほうへ向けていたシオンが、リサへ向き直る。目が合うと、リサは彼に小さく頷き言葉を続けた。
「ここはユアンの言を優先しましょう。ただし、期限を設けるのです。ビリーが言うには、彼――ジルは順調に回復に向かっているとのことです。一週間もすれば、ディアも落ち着くでしょう」
リサの提案を聞いたユアンは、じっとシオンに視線を向ける。尚も不機嫌そうな顔をしていたシオンだったが、二人分の視線を浴び、やがて小さく呟いた――
「……しかたないな」
