#018: Afterglow

Novel1

 オートマトンによる襲撃から一週間が経った。
 一部の建造物に損傷や負傷者は見られたものの、奇跡的にも死者は出なかった。
 緊急避難指示が解除された後、奪われた時間を取り戻すように、人々はせわしなく働きはじめた。
 そして、エリウズは元の平穏な日常を取り戻した。

 当時、シェルターに避難していたヘレンも、その後の慌ただしさに呑み込まれた一人だった。
 避難解除の翌日から、あらゆる企業からシステム不具合の報告があった。セントラル・エリウズに、その復旧依頼が殺到すると、技術センターの技術員達が手分けして依頼に応じていた。
 そんな中、特務室は活動停止を余儀なくされていた。マザーはシステム負荷による一時的な機能停止に伴い、長期のメンテナンスを要した。また、その監視人であるユアンも負傷により医療施設へ入院することとなった。リサは上層部の会議に呼ばれ、ビリーはディアとジルの様子を見る為不在が続いた。そして、ひとり手持ち無沙汰だったヘレンに、センターから応援の連絡が入った。オートマトン襲撃の中、特務室で自分だけ何もできなかったことを気にしていたヘレンはこれを引き受けることにした。


 目の回るほどの忙しさがようやく落ち着いた頃。休暇を与えられたヘレンは英気を養うため、統合医療センターに入院するユアンの元を訪れた。
「ユアン君~、疲れたよお~」
 部屋に入るなり、ヘレンは情けない声を上げながらユアンのベッドの端に倒れ込んだ。
「お、お疲れ様です。ヘレンさん」
 声を掛けると、ヘレンは突っ伏したまま顔をユアンのほうへ向けた。
「えへへ~ひさしぶりのユアン君の声だあ」
 幸せをかみしめるような表情をする彼女に、ユアンは苦笑をもらす。
 満足したのか、ヘレンは体勢を戻すとユアンの左腕に視線を向けた。
「調子はどう?」
 その問いに、ユアンはギプスで固定された自身の左腕をそっと撫でた。
「痛みはそんなに。しっかり固定してもらってますし、ここじゃあんまり動くこともないので」
 あと一週間もすれば退院できるというユアンに、いっそもっと休んじゃえとヘレンは軽口を叩く。
「退院したら、大変だよ?マザーの巡回依頼が山積みだからね」
「マザーのメンテナンスはまだ終わってないんですか?」
 オートマトンを停止させた後のシオンの状態をユアンはリサから聞いていた。
 ――それほど長期のメンテナンスが必要なほどに、深刻な状態なのだろうか……。ユアンの表情に懸念が滲む。その不安を拭うように、ヘレンは答えた。
「今やってるのは身体パーツの微調整で……どっちかっていうと、ユアン君待ちかな。マザーは相変わらずラボで元気に文句ばっかり言ってるよ」
 眉間にしわを寄せながらぼやいているシオンの姿が目に浮かび、ユアンは思わず吹き出した。その一方で、やはり早く彼のもとに戻らなければと気持ちがはやる。
「――そういえば、ノーアの二人もここにいるんだよね?先輩が毎日様子を見に来てるみたいだけど、なんでかあたしは近寄るなって言われてるんだよね」
 ヘレンは解せぬという顔をした。おそらくビリーは、ユアンとそう変わらない年頃に見えるジルと彼女を引き合わせるのは問題があると判断したのだろう。ユアンもそれに異論はなかった。それに――
「ジルは、まだ意識も戻っていないそうです」
 あの日から一週間。治療を受けた後もジルは眠り続けていた。

 事はシオンがホームに接続する直前に遡る。
 ダウンタウンで逃げ遅れた子供を守り、オートマトンと対峙していたジルは絶体絶命の危機に瀕していた。
 無数のオートマトンに取り囲まれるも、ビリーの援護とシオンの一つ目の命令プログラムによって、ジルの周囲に群がっていた機械達は鎮まった。
 少し離れた場所から狙撃をしていたビリーが、ほっと息をついたのも束の間。視線の先――ジルの向こうに揺らめいた影が、鉄の腕を伸ばし彼の首を捉えた。そのまま、オートマトンはジルの身体を軽々と持ち上げる。抵抗の意思すら見せず、ジルの手足はただ力なく垂れていた。
 ビリーは銃を構えるが、オートマトンはちょうどジルの身体の陰になっていた。少し横に移動したところで数センチでも照準がずれればジルに当たってしまう。
「くそっ」
 その場から狙うのを諦め、ビリーはジルの元へと駆け出した。
 
 オートマトンはジルの首を掴み、持ち上げたまま動かない。
 アームに力はこもっていない――だが、吊られた体の重みが喉にのしかかり、じわじわと呼吸を奪っていく。朦朧とする意識の中で、ジルはその機械の赤い光をぼんやりと見ていた。
 (これで終わりか……)
 それならそれでいい。すべてを受け入れるようにジルは生気を失った瞳を閉じた。――が、不意にオートマトンが身を屈めるようにして、頭部を下げた。赤いランプがゆっくりと光を失っていく。持ち上げられていたジルの身体は地に下ろされた。
「ゲホッ――」
 吊られていた喉が解放され、ジルは地面に崩れ落ちるようにしてむせた。
痛む喉を押さえながらも、彼は咳の合間に自分の声を確かめるように息を吐く。
「ジル、大丈夫か!?」
 駆けつけたビリーはジルの身体を支えながら、オートマトンが完全に停止していることを目で確認した。
 ジルは咳き込みながら、かすれ声で辛うじて応じた。顔をしかめて、喉に添えた方とは逆の手が腹部を押さえている。
 治り切っていない傷が、内部で出血したのかもしれない。
 ジルがエリウズの人間でないことや、生体IDを持たないことなど気にしている状況ではないとビリーは思った。
「すぐ医療センターに――」
「ま、て……」
 ビリーの言葉を遮り、ジルはすぐそばの茂みを指さす。
「俺のことは、いい……ガキが、そこにいる。――っ!そいつを、母親のところに……」
 腹の奥で抉るような激痛がはしる。喉を震わせるたび、声帯が焼け付くように痛んでも、ジルは――尚も言葉を絞り出した。
「何言ってるんだ……!そんな体で――」
「っ頼む――親が……心配、してるんだ……」
 ビリーは縋りつくように懇願するジルに、言葉を失う。血の気の引いた顔――、その目ははっきりと意思を宿していた。優先順位で考えれば彼を一刻も早く治療に向かわせるべきだが、ビリーはジルの思いを汲んでやりたいと思った。
「……分かった。子供を親元に返したら、すぐに戻るから。絶対に動くなよ」
 ビリーは両腕でジルを抱きかかえると、子供の隠れる茂みの横に彼の体をそっと横たえた。
 隠れていた幼い少年を安心させるように抱き上げ、ビリーは子の母が待つシェルターへと全速力で走った。
 ジルを置いていくことへの不安と焦りを抱えながら――。

 あの時の選択は、本当に正しかったのだろうか――。病室で眠り続けるジルの顔を見つめながら、ビリーは当時を振り返っていた。
「結局、俺は――誰も救えない……」
「だいじょうぶだよ、おじちゃん」
 口をついて零れた泣き言に、幼い声が答えた。
 十歳にも満たないであろう少女がビリーの傍らにちょこんと立っている。
 少女の名はカノンと言い、病気治療のために医療センターに長く入院生活を送っていた。
 緊急避難の騒ぎの後、搬送されてきたジルを子供ながらに心配し、病室に頻繁に顔を出していた。
「おにいちゃん、早く起きるといいね」
 そう言って、折り紙で作られた色とりどりの花を毎日ジルの枕元に置いていくのだ。
 おかげでジルのベッドは、ずいぶんと可愛らしいことになっていた。
 ジルのことはおにいちゃんで、俺のことはおじちゃんか――と、最初は少しショックを受けたものだが、今ではすっかり慣れてしまった。
「今日も持ってきてくれたのかい?」
「うん!起きたら驚くよ!」
 無邪気に笑いながら、今日も花を置いていく。
「あっ!おねえちゃん!」
 病室の入り口から、ディアが姿を見せた。
「こんにちは」
 ディアはふわりと微笑むとカノンの頭を優しく撫でた。
「ディア、今日も局長と?」
「ええ、ジルが目を覚まして動けるようになるまで、尋問は保留にしてもらったわ。……諮問官、とやらはずいぶん渋っていたようだけど」
 その報告に、ビリーは安堵の息を漏らす。ジルが目を覚ましたとして、その場にディアがいなければ不安に思うかもしれない。局長の寛大な措置に心から感謝した。
 不意に、カノンが高い声を上げる。
「おじちゃん、おねえちゃん来て!」
 ジルの傍らで、彼女はビリー達を手招きしている。
 ビリーとディアは顔を見合わせ、ジルの元へ駆け寄った。
 すると、ジルの目がうっすらと開き、瞼の隙間から夕暮れ色の赤が覗いている。
「ジル!」
 ディアが彼の名を呼ぶ。ベッドに伏せられていた手がピクリと反応した。薄い唇がわずかに開き、掠れた声が言葉を紡ぐ。
「……ディ……ア……」
 ――ジルの意識が戻った。
 ディアはジルの手を自身の冷たい手で包み込む。ディアの表情は、まるで泣き出す寸前の人間のように歪んでいた。――彼女に涙を流す機能があれば、きっとこぼれていたはずだ。
 そんな二人の様子を見ながら、ビリーは目頭が熱くなるのを感じた。
 その安堵の思いの一方で、彼らの行く末をビリーは思案していた。