Shared Table≪Int: #022 – ≫

Novel1

 週末の昼下がり。
 商業ビルが立ち並ぶ雑踏の中、リサは立ち尽くしていた。休日にもかかわらず黒いスーツに身を包んだ彼女は、あるショーケースに表示されたモニターを見つめていた。 
 ガラス越しの画面の中で、色とりどりのスイーツが次々にスライドしていく。
 宝石のような赤いイチゴが、惜しげもなく飾られたパフェ。
 純白のクリームをまとった、ふかふかのパンケーキ。
 繊細なデコレーションが施された、艶やかなチョコレートケーキ。
 ごくりと喉が鳴り。次いで深いため息が漏れた。
 
 リサは甘いものが大好物だった。幼い頃は何の気兼ねもなく口にしていたものだが、大人になるにつれその欲求を抑えるようになった。
 十代の頃から、リサが他人に与える印象は『大人』『真面目』『クール』といったイメージだ。彼女自身、そのように自分を律してきた。
(私がスイーツなんて――周りは変に思うでしょうね)
 次第にリサは、そう思うようになっていた。そして、休日の度に店の前を通り、ショーケースを眺めていたのだ。
 
 スイーツのスライドショーが一周すると、リサは踵を返そうとした。――不意に、聴きなれた声が彼女を呼んだ。
「室長?」
 振り返ると、赤いフレームの眼鏡越しにヘレンがこちらを見つめていた。
 動揺しかけた心を鎮めて、リサは平静を装う。
「……おや、ヘレン。奇遇ですね、休みの日に会うなんて」
「ほんとビックリしました~!室長、お休みでもその恰好なんですね」
 ヘレンの指摘はもっともだと思いながら、普段着は逆に落ち着かないのだとリサは返す。
 そのまま、その場から立ち去ろうとすると、再びヘレンに呼び止められた。
「あれ?入らないんですか?スイーツ、見てましたよね」
 その言葉に、ぎくりと心が跳ねた。ヘレンには不思議とこういう目ざとさがある。
 そんな感の鋭さもまた、リサが彼女を特務室に引き入れた理由のひとつだった。
「それは……その……」
 珍しく言いよどむリサの腕をヘレンはがっしりと掴んだ。
「ちょうど私も食べたい新作があったんですよ。一緒に入りましょー!」
「えっ……あの……ヘレン!?」
 そのままリサを引きずるようにヘレンは店の中へと入っていく。
 
 二人用の席に着くと、オーダー用の端末を渡され注文を促される。
 あれよあれよという間に、さっきまでガラス越しに眺めていたスイーツが、目の前へと運ばれてきた。
「わーお……実物はイメージよりすごいですね」
「そ、そうですね」
 リサの注文した、見上げるほどの高さのパフェにヘレンは圧倒された。
 だがそれよりも、そのパフェを前に目を輝かせているリサに口元が緩む。
「ふふっ。溶けちゃいますから、先に食べてていいですよ」
 ヘレンの注文したパンケーキはまだ少し時間がかかるらしく。
 遠慮していたリサに彼女は先に食べるように促した。
「そ、そうですか……では、お言葉に甘えて」
 そびえたつパフェの頂上をスプーンで掬い取ると、ゆっくりと口に含んだ。
 控えめな甘さのバニラクリームと程よい酸味のイチゴソースが絡み合い、口の中で絶妙なハーモニーを奏でた。
 感動にリサは打ち震え、その様子にヘレンは満面の笑みを浮かべていた。
 やがてヘレンのパンケーキもテーブルに届き、しばしの間、味の感想を交わしながら二人は食事を楽しんだ。

「はー、幸せ……」
 空になった皿を前に、ヘレンは小さく声を漏らしながら食後のコーヒーを口にしていた。
「本当に……今まで味わったことのない幸福感です」
 向かい合うリサも、思わず感嘆を漏らしてしまった。
 先ほどまで高く盛られていたパフェは跡形もなく、透明なグラスが彼女の前に置かれていた。
「それにしても……あの量を食べちゃうなんて、すごいですね」
「そ、そうでしょうか」
 食べている最中は夢中だったものの、窓に反射する自分の姿を目にして途端に恥ずかしくなってしまう。
 サイズ感はともかく“自分はスイーツに似合わない”と、どうしても頭の中のイメージがぬぐえない。
(こういう可愛らしいものは、やはりヘレンのような人にこそ似合う……)
 最初で最後の思い出にしようと心に決めた瞬間、思いがけない言葉がヘレンから掛けられる。
「それじゃ今後、室長が甘いものを食べたくなったときは、あたしを誘うってことで」
「……えっ」
 目の前のヘレンはニコニコと微笑みながら、両手で頬杖をついて言葉を続けた。
「室長、一人で店に入るの躊躇ってたでしょ。今度からあたしを口実にしていいですよ」
 ヘレンは、リサがいつもこの店のショーケースを眺めていたのを知っていた。いつか声を掛けようと、タイミングを見計らっていたらしい。そして、次回からも付き合うと申し出たのだ。
「ですが……プライベートで部下に余計な気を遣わせるわけには……」
「何言ってるんですか!」
 リサの躊躇いを吹き飛ばすようにヘレンは言った。
「あたしは室長とお話できてハッピー。室長は大好きなスイーツを食べられてハッピー。お互い良い事しかないですよ!」
 もっと肩の力を抜いて。そう言って、まるで陽だまりのように笑いかける彼女を見て、リサは思案した。
(確かに――立場ばかり気にしていては、部下である彼女らも息が詰まってしまうかも……)
「そう、ですね……」
『公私をわきまえるように』――それは、かつて自分が言った言葉。
 ならばまず、公私の境を正しく見極めるべきは、自分ではないのか。
「……では、私からもひとつ」
 続く言葉を待つヘレンに、リサは人差し指を立てて提案した。
「プライベートで行動するときは、役職以外の呼び方を所望します。いかがでしょう?」
「役職以外……?」
 その言葉の意味を噛み砕くのに数秒の時間を要し、ヘレンはようやく呑み込んだ。
「それって、“リサさん”って呼んでいいってことですか?」
「はい、その通りです」
 リサは目を細めて答えた。
 すると、ヘレンの口元が緩み、頬がかすかに赤みを帯びていく。
「リサさん……えへ、えへへ。じゃあ決まりですね」
 ヘレンは噛みしめるようにリサの名前を口にする。いつも以上にふにゃふにゃと締まりのない笑顔があふれ出していた。
 リサもまた、同性の誰かと、こんなふうに笑い合うのは久しぶりだった。
 ユアンやビリーに名前を呼ばれるのとは違う、柔らかくくすぐったい感覚が、胸の奥に残った。
「ええ。これからもよろしくお願いします」
 その日から、二人は毎週のように噴水広場で待ち合わせ、スイーツ巡りをするようになった。
 彼女と趣味を共有する間だけ、リサは室長という立場を離れることができる。
 そんなリサの隣で、ヘレンの胸には、まだ言葉にならない小さな想いが芽吹いていた。